行事の考え方
日々の保育とのバランス
行事のボリュームを抑えた保育の実践
「こどもまんなか社会」に向けて
2つの明確な理由
行事のボリュームを抑えることには2つの明確な理由があります。
それは「子供の成長にとって」と「保育者の労働環境」です。
これはどちらも保育の質にも大きく関わってくることになります。
まずは説明が短い「保育者の労働環境」から説明しますが、その前に行事の準備期間について説明します。
行事の準備期間はどれくらい?
園で保護者の皆さんを招いて行う行事は大きいもので2つ「運動会」と「お遊戯会」があります。
この行事にかける準備期間はそれぞれ約2ヵ月です。
短く見て2ヵ月と思ってください。
合計で4ヵ月なので、それだけで年の1/3は行事の準備に使うことになります。
運動会の準備においては、年長さんは5月のゴールデンウィーク明けすぐにマーチングの練習を始めるのが通例です。
マーチングだけで言えば半年近くの練習になります。
本番前の2ヶ月間は園を休むことも許されない雰囲気があるほど、毎日園庭でみっちり練習します。
その間、他の学年の園児さんは園庭で遊ぶことはできません。
これを踏まえて説明をご覧ください。
保育者の労働環境
大量の書類に追われる毎日
昔と比べて保育士の業務量は格段に跳ね上がっています。とくにここ10年は目に見えて年々業務量が増えている状況です。
一般的に保育の仕事は子供を見ているだけのように思われていますが、記録などの書類業務がとても多いです。
保護者の皆さんは意外に思われるかもしれませんね。
さて、保育者はいつ書類をしているのでしょうか。
日中は子供たちを保育しているので、休憩時間は無いと言っても過言ではありません。
じゃあお昼は?
保育者の食事時間は子供を保育しながら5~10分程度でかき込みます。
これが保育現場の日常です。
書類を書くのは子供がお昼寝をしている時間は最大のチャンスです。
連絡帳、成長の記録、諸帳票類などたくさんの書類があります。
しかしお昼寝という限られた時間では終わりません。
残業について
勤務時間内で終わらない場合はどうするか。
一般的に考えれば「残業」となりますが、保育の現場においては残業は良しとされないのです。
それはなぜか。
保育は行政から毎月支給される「給付費」という決まった額の中でやり繰りをしますが、この給付費の中に残業代は入っていません。あくまでも子供を保育する時間分しかないのです。
ですから、保育士が残業して残業代を支払うということは、保育における何かの費用を削ることになります。
この削りが多くなると、保育の質低下に直結します。
仕事を家に持ち帰る
事業所から残業をしないように言われたら、残された方法は保育者の中での標準語「持ち帰り」ということになります。
読んだ字のまま「仕事を自宅に持ち帰る」ということです。
本来あってはならない、園児の個人情報が記載された書類も持ち帰ることも珍しくありません。
当園は法人のルールとして書類の持ち帰りは禁止しています。
(本来は法人のルールではなく社会一般的なルールであるべきなのですが)
また、保育者が勤務時間内に子供から離れて書類に専念する時間(ノンコンタクトタイム)もわずかですが作るようにしています。
どうしても行事の前には自宅に仕事を持ち帰り、無給のボランティア仕事をすることになります。
保育士の給料が労働と見合わないと言われるのはこのあたりも原因だと考えています。
この負担が溜まり疲弊していき、保育の質が低下するばかりでなく、行事が近づくと日中の保育も行事の準備時間に充てることになり、子供たちの活動も毎日行事の練習だけになるなど活動が限られていきます。
そして保育士は理想と現実の差に悩み、業務量の多さに苦しみ、次々に退職していくというのが保育現場の実情です。
心を病んで退職し、社会復帰までに長期療養する保育者も少なくありません。
これが保育現場の姿
ここまで赤裸々に本当の現場の姿を説明する人はいないでしょう。
しかし、これからの行事の在り方を考えるうえでどうしても説明しておかなければならないことでした。
では次に、園における子供の成長についての観点からの説明になります。
子供の成長について考える
当園において、行事のボリュームを抑えたいもう1つの明確な理由が、子供たちの日々の活動を充実させるためという考えがあります。
乳幼児期は人の人格形成において最も重要な時期であり、一生涯の基礎基本が育つ時期です。
また、園や保育者が基準とする保育所保育指針においては子供の主体性を尊重する保育が求められているのですが(とても重要なことで共感しています)、行事は子供の主体性を奪いやすいという一面があります。
それは、これまでの行事が保護者の方に良い行事だったと満足して頂くために「良く見せること」を中心として、子供たちに強要することが少なからずあるためです。
そのため、子供たちのしたいこと、自主的な発想や活動は横に置いておいて、毎日を行事の練習に費やす現状があります。
子供の頑張っている姿を見たいという保護者の皆さんが悪いわけでも、練習を強要する園が悪いわけでもなく、これはこれまでの歴史や流れが今のような行事の形を作ってしまったからだと言えます。
保護者の皆さんに見て頂きたい姿
園としては、子供たちが成長した姿、家とは違う姿を保護者の皆さんに見て頂きたいという気持ちがあります。
これからの行事は「行事用に取り組んだ練習の成果だけを見せる」のではなく、「日々の保育活動の成果を見せる場」いわゆる日々の積み重ねで成長した姿を見せる場としていきたいと考えています。
でもその中に、短期集中で2〜3週間本気で発表に取り組む期間を設けて、その間頑張った姿、たくましく成長した真剣な表情を見てほしいと考えています。
これは主に学年ごとの集団演技として保護者の皆さんに見ていただけるような練習になりますが、あくまでも子供たちの主体性を奪ったり、活動を強要するものではないことをご理解ください。
少し前置きが長くなりましたが、子供の成長を考えた日々の保育の実践が大切であるという考えをお伝えします。
幼児期に最も大切だと考えることを実践するため
「子供は3歳になるまでに脳の発達のほとんどが完了する」
「生後わずか36ヶ月の間に子どもは考え、話し、学び、判断する能力を伸ばし、成人としての価値観や社会的な行動の基礎が築かれる」
これはユニセフの世界子供白書2001年版で書かれた内容です。
(世界子供白書2001 〜幼い子どものケア〜 より)
もっと噛み砕いて言えば、小学校に入り学生になり勉強ができるできない、友達との付き合いが上手い下手、社会人になり仕事ができるできない、人付き合いが上手い下手など。
この差が生まれるのは生後36ヶ月の間に何を学んだかという差といえます。
幼児期、特に脳の発達において0~3歳の間の時期の成長は著しいものがあります。
たった1日の過ごし方やその日の経験で大幅に成長するのを感じたことがある方も多いでしょう。
保育をしていると、このことは非常に強く感じます。
だから毎日の保育を1日たりとも無駄にはできないと考え、真剣に一生懸命に取り組むわけです。
そして4~5歳においては豊かな活動経験を加えることでその成長をさらに伸ばし、一生涯の基礎基本の大きな礎としていきます。
大人の1日と幼児の1日は大きく違うということです。
例えば、一緒に遊園地にお出かけしたとしましょう。
大人は「楽しかったね」程度の感想かもしれませんが、幼児は自身の成長の糧となる1日になるわけです。
成長の糧と書くと、なんとなく心の栄養素的な”良いイメージ”を思い描くかもしれませんが、大切なのはその日その時に幼児がどう感じ何を経験したかです。
「大人に暑い中(寒い中)自分の体力を超える長時間付き合わされて振り回されて辛い」という経験だったらどうでしょうか。
楽しい時間として「良い心の栄養素」になる部分もあれば、場合によってはネガティブなマイナスの栄養素にもなりかねません。
この時期の幼児にとって、たった1日の経験が人生や人格に影響を及ぼしてしまうのです。
その影響力を園や保育者は痛いほど理解しています。
さて、行事の話に戻りましょう。
今の運動会やお遊戯会は、いわば保護者の皆さんに見せるためのイベント行事です。
1つの行事の練習に2ヵ月強ほど費やします。
ただ、我が子の頑張っている姿を見たいという親心も分かります。
保育者も子をもつ親が多いですから。
そして、園としても”成長した子供の姿を保護者の方に見て頂きたい気持ち”もあります。
さて、話は戻りますが幼児期の2ヵ月の成長は、はたして大人の何年分の成長に値するでしょうか?
おそらく1年やその程度ではなく、もっと何年分もの成長に値するのではないでしょうか。
ですから、これを大人に当てはめると「3年後に親に成果を見せるから、3年間毎日運動会の練習をしましょう」と言っているようなもの、という考え方もあるわけです。
少々極端すぎる話かもしれませんが、そういう次元の話であると当園では考えます。
もちろん、運動会やお遊戯会の練習を通じて学べることもあります。
年中児や年長児にとって大きな学びがあることも事実です。
しかし、園としては保護者ご家族様に見せるための練習だけに貴重な子供た
ちの1ヵ月、2ヶ月を使うわけにはいかないと考えます。
その代わりに毎日の保育、1日1日の保育の内容や関りに重きを置いて、挨拶や返事、椅子の座り方、スプーンや箸の持ち方、服の脱ぎ方着方、靴を脱いで下駄箱に揃えてしまうなど、一生涯の基礎基本となることを大切に育て身に付けさせてあげたいと考えています。
当園の保育は、そういう意味では目立つことも派手なこともしないので、とても地味な園という風に見えるかもしれません。
でも、地味にコツコツとただひたすら毎日誠実に子供の成長を考えて向き合うことが大切と考えています。
行事をどう考えるか
ですから、行事用に毎年4ヶ月以上もの月日を練習に使うのではなく、行事は日々の保育における成長の姿や成果を保護者の皆さんに見て頂く機会として取り組んでいきたいと考えています。
行事に向けての取り組みは、子供たちが楽しみながら真剣に集中する機関として2〜3週間程度が良いと考えています。
「これまでと随分内容が変わった」と思われることもあるかと思いますが、これがこれからの行事のスタンダードになり、子供たちの内面の大きな成長につながるものだとご理解いただければありがたいです。
最後に〜大切な時期を大切に育てる〜
乳幼児期という人生で最も大切な時期は、言い換えれば「一生涯の基礎基本を身に付けられる唯一の時期」ですから、この時期を大切にして、基礎基本が身に付いていればその先の学びにも大いに有益であると考えています。
小学校に入った時に椅子に座っていられない、先生の話が聞けない、挨拶や返事ができないということではその先通用しません。
高いIQを目指すよりも、それ以前の根本となる部分を大切にする保育を実践していきたいと考えています。
呼吸をするように、あたりまえのものとして基礎基本が身に付いているお子さんであれば、もう少し大きくなって小学校に入ってからの教育が、きっと実りある学びになるでしょう。